2019年8月25日日曜日

2019.9月号 雨や雨



――初の流通音源となるフルアルバム『切り雨』の完成、おめでとうございます。
Hitomi:フルアルバムにできるくらい楽曲も増えていたし、せっかくなら流通してみようかなと。
おおくぼけい:そうですね。結果的に、約1年の制作期間を経て完成しました。

――今作は歌とピアノという基本形態に加え、豪華なゲストミュージシャンの方々も参加されていますね。
Hitomi:ギターにyuya(Develop One’s Faculties)、チェロに青月泰山さん、ドラムに上田樹(ex.CLØUD)が参加してくれました。

――幅広い楽曲が揃った彩り豊かな作品、という印象を受けました。
おおくぼけい:フルアルバムは、彩りがあったほうが飽きないと思うんです。ライヴでもピアノと歌だけで演奏する形が基本なので、楽曲で色々な表現ができていないと、1時間~2時間の演奏を飽きずに聴いてもらうことが難しいじゃないですか?そのためにも、楽曲にバリエーションが必要だなと。

――確かに。レコーディングはいかがでしたか?
Hitomi:『キカ』のキーがとにかく高くて、歌録りが大変でした(苦笑)。ここまで声を張って歌ったことは無かったし、新しいチャレンジになりましたけど、ライヴで再現するのはキツイですね(笑)。
おおくぼけい:ライヴでは、少し(キーを)下げる方向で考えましょう(笑)。
Hitomi:『キカ』は唯一、この音源でのアレンジが先行で制作された楽曲なので、まだライヴで演奏したことが無いんですよ。ピアノと歌でやる場合のアレンジは、これから考えていきます。
おおくぼけい:『キカ』以外の楽曲に関しては、基本形態の2人で演奏する形が先にできあがっていたので、ゲストが加わるにあたってアレンジを変化させました。
Hitomi:例えば『Rainy Sunday』の原曲はわりとバラード調なので、そのバージョンで演奏したライヴに来てくれていた人達は、想像していた形と全く違う仕上がりで収録されていることに驚くんじゃないかな。

――かなり明るいアレンジになりましたね。
Hitomi:うん。だけど、歌詞は原曲の曲調に合わせて書いたものだから、結構暗めという・・・。

――実は、そのギャップが非常に気になっていました(笑)。
Hitomi:そういう理由で生まれたギャップでした(笑)。それもまた面白いから良いんじゃないかな。

――作品全体を通して人間以外の視点からの歌詞が多いですが、意図的に増やされたのでしょうか?
Hitomi:意図的にではなく、自然とそうなりましたね。歌詞を書く時は曲から受けるイメージが凄く大事だけれど、ピアノと歌だけというのは、バンドサウンドの時とは全く別物のイメージを受けやすい。俺が人間以外の視点で歌詞を書く時は、他の生き物の視点を客観的に見たイメージではなく、あくまでも“その生き物からの視点のイメージ”を最初に作るんです。それから、“その視点の持ち主がどんな生き物なのか”を考える。例えば、『想いベタ』の主人公は金魚蜂のような水槽に入ったベタという魚で、水槽からその部屋に住む女の子の様子を眺めている。だから、歌詞を書き始めて最初に浮かんでくるのは女の子のイメージですね。それから“女の子を見ているものは何なのか?”と考えて、“ベタが良いんじゃないかな?”と浮かぶ。順序的には、“主人公が人間ではなく何なのか”ということを後から決めていることが多いです。

――どんな生き物からの視点でも、主人公の思考が常にHitomiイズムなのが流石だなと思いました。
Hitomi:長く音楽をやっていると、段々と歌詞に書きたいことが無くなってくると思うんです。“自分はこれが伝えたいんだ!”というメッセージ性みたいなものは、わりと初期の頃に消費してしまうから。そこで無理をして、“こういうことも言ってみよう”“ああいうことも言ってみよう”と書いた結果、作詞をした人の人間性がブレて見えなくなってしまってはダメだと思う。いつ・どんな歌詞を書いても、最終的には書いた人が見えてくる歌詞になっていないといけない。最近よくアーバンギャルドを聴くんだけど、その部分が全くブレないところがさすがだなと感じるし、凄く好きです。
おおくぼけい:ありがとうございます!
Hitomi:俺は、ひとつの主張や考え方を、言い方を変えて何度も違う歌詞にして歌って良いと思っているから。何よりも大事なのは、ブレていないこと。そうでないと、誰が書いても同じ歌詞になってしまう。例えば、ひとつのバンドに凄く良い歌詞がふたつあったとして。どちらも本当に良いことを歌っているけれど、それぞれの曲の主人公が人格的に正反対な歌詞であったなら、歌っている人のイメージがちょっと崩れてきてしまうでしょう?バンドによってはヴォーカル以外のメンバーが歌詞を書く場合もあるけれど、それでもちゃんとその歌い手らしさ・バンドらしさという部分は崩さないで成立しているアーティストも存在するし、それは素晴らしいことだと思う。今作の自分自身の歌詞を読み返すと、幅はしっかりと出しつつもブレずに書くことができた満足感はあります。正直、書きたいことが無くて悩んだ時期もあったし、伝えたいことが無くなってきたのかもしれないなんて思ったこともあった。そこをひとつ抜けて、“結局は、何を書いても自分になるから良いか”と感じられました。ただ、俺の歌詞は少し難しいから、歌詞解説をして初めてちゃんと伝わるのかなとは思うけれど。
おおくぼけい:『愛しのティルモラ』あたりは、誰が読んでも伝わるんじゃないかな。

――そう思います。動物好きは涙してしまう、ひたすら優しくて切ない1曲です。
おおくぼけい:まず一度、最後まで聴いて。次に、歌詞を通して読んでからもう一度聴くと、もう最初から哀しいという・・・。
Hitomi:初めてこの曲を聴いた時、“ここまで明るくて優しい雰囲気の楽曲はなかなかやることがないし、どういう歌詞にしようかな?”と考えたんです。普段やらない曲調だからこそ、チャレンジしがいがありましたけど。少しほんわりして間が抜けたような感じを持たせつつ、でも切ない歌詞にしました。

――そのほんわりした優しさに、犬の無条件の愛情と純粋さがピッタリでした。
Hitomi:俺自身が、犬を飼っているからね。まーくん(愛犬)も、ちょっと間が抜けたようなところがあるし(笑)。

――同様に人間以外の視点である『カナリア』は、元々おおくぼさんのソロ作品に収録されていた楽曲ですよね。
おおくぼけい:そうです。ソロ収録用の原曲を作る時、その時に歌って頂いたヴォーカリストの方に、僕が書いたサビの歌詞を渡して、そこに至るまでのストーリーを英詞で書いてもらったんです。同じように、今回もサビだけは原曲で僕が書いた歌詞のまま、Hitomiさんなりのストーリーを展開して書いてもらいました。英詞の時とは全く違う内容になっていて、凄く面白いです。
Hitomi:それぞれのヴォーカリストが、おおくぼさんが書いたサビに向かってどういう風に物語を作っていくのか。その対比が面白いですね。
おおくぼけい:将来的には、更に違うヴォーカリストが歌詞を書いて歌うかもしれないですし。歌謡曲の歌詞に出てくるカナリアって、何かと歌を忘れたり声が出なくなったりしがちだから、サビは“歌は忘れてないよ”という歌詞にしたんですよ(笑)。
Hitomi:確かに、“歌を忘れたカナリア”という感じの歌詞が多いですもんね(笑)。

――特に気に入っている楽曲を教えて頂けますか?
Hitomi:個人的にとても気に入っているのは、『キカ』。ただ、この歌詞にはバックボーンとなるものが存在しているので、それについて話さないと聴き手に100%は伝わらない。俺が一番好きな絵本に、『おおきな木』という作品があるんですけど。木が大好きな小さな男の子が居て、いつも木の下で遊んでいて、木もそれが凄く嬉しくて、木はその子のために果実を与えたり、色々なことをしてあげる。けれど、大人になるにつれて木との距離感が生まれて、男の子は段々と会いに来なくなって、大人になった時にその木を切って船を作って旅に出てしまう。でも、木は切り株になってしまったからこそ、何年も経って年老いた男の子が戻ってきた時に座って休む場所を与えられた――そこで、お話は終わる。で、男の子に何かをしてあげる度に“木はしあわせだった”というような言葉が書かれているんだけど、最後だけは“それで木はしあわせだった。だけど それは ほんとかな。”と疑問を投げかける形になっていて。最終的に切り株になってしまった木が可哀想に映るのか、それが木にとっての本当の幸せだから良かったと映るのか・・・大人になってから読むと、読み手によって捉え方が変わってくるし、かなり考えさせられる作品です。『キカ』は、その絵本に絡めた歌詞になっています。
おおくぼけい:そう言われて読むと、確かに・・・。
Hitomi:『おおきな木』を読んだ主人公が“自分も、その木のようになりたい”と思っていて、そこに接ぎ木についての話が織り交ぜてある。全く違う果物の木を接ぐと2種類の実がなる木になるんだけど、“それを人間がやってしまうのは狂った行為だな”と感じている気持ちと、『おおきな木』を読んで“その木のようになりたい”と思う気持ちが混ざり合って、“今ある現実を全て捨てて、私は木になりたい”と感じている主人公の話を歌詞にしました。だから、『キカ』を漢字にするなら“木化”。ただ、自分的にタイトルを漢字表記にするのはちょっと違うと感じたのでカタカナにしました。きっと『おおきな木』を読めば、『キカ』に限らず俺の歌詞は凄く影響を受けていることがわかると思う。

――子供向けの本や映画は、大人になってから触れると深いものが多い気がします。
Hitomi:うん。『銀河鉄道の夜』や『星の王子さま』も、大人になってから改めて読むと“本当に凄い話だったんだ”と理解できる。今回『スターダスト‐流れ着く場所 #2‐』を書くにあたって、星にまつわるイメージを得たくて『銀河鉄道の夜』を読み直してみたんです。 『銀河鉄道の夜』の中には、サソリ座の赤く光り輝いている星についての話として、ギリシャ神話のそれとは全く別のオリジナルストーリーが出てきて。イタチに追い掛けられて食べられそうになったサソリが逃げる過程で井戸に落ちてしまって、“このままここで死ぬんだな”と悟った時に、“これまで色々な生き物を殺して食べて生きてきたのだから、どうせ死ぬなら自分も最後にイタチに食べられてしまえば良かったのに”と後悔をする。そして、神様に“今度生まれてくる時には、誰かの役に立ちたい”と強く願う。その願いが届いて空に星として上げてもらった、という話なんだけど。それもまた自分が書きたかったことに通じるなと思って、歌詞の中に“燃えるサソリ”を織り込みました。そうやって影響を受けたり着想を得たものを隠すのではなく、寧ろ公言するくらい素直に書きたい気持ちが強いです。
おおくぼけい:そうすることによって、ファンの人達が「自分も読んでみよう」となって拡がるかもしれないですしね。

――Hitomiさんの歌詞の根底には“必要とされたい”“忘れ去られたくない”という想いがあって、今回収録された歌詞達には共通して“忘れ去られてしまったもの”や“手を離されてしまった感情”みたいなものが存在していて。その全てが、最後に『スターダスト‐流れ着く場所 #2‐』へ辿り着いたのだろうと感じたんです。
Hitomi:そうそう。このアルバムを作る当初から、『スターダスト‐流れ着く場所 #2‐』を主軸にしたい、曲順的にも最後にしたいということは決まっていて。あと、おおくぼさんから「凄く暗い歌詞が良い」という要望もあり(笑)。で、実はこの曲は当初『流れ着く場所』というタイトルで完成していたけれど、まだ発表できない雨や雨の今後の活動にまつわる理由で、Bメロを除いて歌詞も曲も最初とは全く違うものに作り変えたんです。とはいえ、歌詞の内容的には『流れ着く場所』として書いた時のイメージも残っているから完全に別個の曲としたいわけではないし、でも同じタイトルを付けるのも違うという自分のこだわりによって“-流れ着く場所 #2‐”という部分を付けました。『スターダスト』というタイトルにした理由もちゃんとあるけれど、それはまだ発表できないので楽しみにしていてもらえたら。

――わかりました。“星屑”という意味で考えれば理解できますが、Hitomiさんが“スターダスト”という言葉の響きを使われることにも少し意外性を感じたんですよね。
Hitomi:そうだね。確かに普段であれば使わない言葉だけど、ダストには“ごみ”や“屑”という意味があるから、“必要とされなくなったもの達が空に浮かんでいる”というイメージで考えていくと、自分的にはしっくりきたんだ。元々、流れ着く場所=天国みたいなイメージではあったんだけど、それが空の星だとは考えていなくて。でも、今後の活動も踏まえての流れが決まったから“それならば、流れ着く場所は空の星にしよう”と思って、そこに向けて歌詞を全て書き直しました。スターダストが何なのかという部分に関して、人だとか物だとかの括りは何も書いていないんですよ。ただ、それぞれの曲の主人公である“必要とされなくなったもの”や“昔は凄く大切にされていたもの”といった様々なキャラクター達が、愛してくれていた人達の元を離れて最後にひとつの場所に還っていく。そんなとても美しい流れを作ることができて良かったなと思います。

――フルアルバムという形態だからこそ成立した、とても壮大で美しい流れでした。おおくぼさんは、いかがですか?
おおくぼけい:特に、と挙げるのは難しいですけど・・・やっぱり、『スターダスト‐流れ着く場所 #2‐』と『キカ』は、このアルバムのために作ったものなので思い入れがあります。他の楽曲は、ライヴごとに少しずつ作りためていった曲達なので。

――インスト曲である『驟雨-SHU U-』についても伺えますか?
おおくぼけい:今作はyuyaくん(Develop One’s Faculties)がエンジニアもやってくれていて、彼に「僕も弾きたいんですけど、このプレイを入れられる曲はないですか!?」と言われたことがきっかけで誕生した曲です(笑)。これだけの曲数でストーリーっぽいものが多いし、途中にちょっとひと息つけるインターリュードみたいなものがあったほうが良いなと思って。

――タイトルどおり音が驟雨のように降り注いで、良いスパイスになりました。
おおくぼけい:そうですね。何だか、コンセプトアルバムみたいな感じになりましたよね。1年かけて作ったかいがある作品になったと思います。

――そして、アルバムタイトルの表記が通常思い浮かべるであろう『霧雨』ではなく『切り雨』であることにも意味があるそうですが。
Hitomi:実は、10月に『霧雨』というタイトルのフルアルバムを会場限定盤としてリリースします。そちらは、ピアノと歌という通常編成の雨や雨での音源。つまり、ふたつのパターンの『霧雨』・『切り雨』が存在することになります。

――ウミユリの『飢え』と『餓え』のような!
Hitomi:そういうことです(笑)。
おおくぼけい:どちらを“切”という字の『切り雨』にするかを考えて、「ピアノと歌のほうが柔らかいイメージだから『霧雨』にしよう」と決めたんですよ。

――そちらも非常に楽しみです!
Hitomi:『切り雨』と『霧雨』は両方を聴いてこそ完成すると思っているので、併せて聴いて欲しいなと思います。
おおくぼけい:最初のほうで話した『Rainy Sunday』も元々の形で収録するので、『霧雨』のバージョンを聴いて頂けたら、なぜこういう雰囲気の歌詞になったのかという理由が伝わるのではないかと思いますし。楽曲のアレンジによって、同じ歌詞・同じ曲であっても全く違った印象で聴こえる場合もあるので。現状、詩の朗読なども収録予定です。

――ひとつの楽曲を異なる側面から触れられる機会はとても少ないですし、音楽の可能性を教えて頂けるユニットだと感じます。そして、秋にもツアーが開催されるそうですね。
Hitomi:10月にも、ワンマンツアーがあります。
おおくぼけい:改めて考えると、今年は非常に計画的ですね(笑)。
Hitomi:本当に(笑)。ツアーは2人でまわるんですが、せっかく『切り雨』で色々なアレンジをしたので、そちらのバージョンを披露するライヴもしたいなと思っていて。
おおくぼけい:近いうちに必ずバンド編成的な形で『切り雨』を再現する公演を行います。
Hitomi:スケジュールをチェックして、ぜひツアーに遊びに来てください。


Interview:MITSU TOMIOKA(Squeeze Spirits)